2017年10月23日
肌に触れる(2) 佐藤東洋麿
明日あなたはどこに居るかって? それは分からないよ、久里浜港から浜金谷へ向かうフェリーの甲板にポツンと置かれた灰皿のそば、横浜駅地下街のひしめき合う雑踏のはざま、新宿駅東口に近いヨドバシカメラのパソコン部品売り場……80歳あたりになったときの取り柄は「貧しくとも自由」なのだ。孤独をも友として。
スウェーデンの刑事マルティン・ベックもまたふしぎな独居老人の自殺らしい事件を手がける。扉も窓も決して開けられない部屋から耐えられないほどの悪臭が漏れだし近隣から警察に通報がある。マイ・シューバル『密室』(高見浩訳、角川文庫)の登場人物である。状況から誰もが自殺だと考えた。司法解剖して胸に薬莢が残っていても、ああピストル自殺か、部屋を見れば生活保護でほそぼそ暮らしていたか、食うや食わずだったのだろうなと済ませてしまう。マルティン・ペックだけが指摘する。それではピストルはどこにあった?
はじめに踏みこんだ2名の巡査もあとから駆けつけた本署の刑事も部屋から銃器を見つけていなかった。
20頁くらいで異臭を放つこの謎は、400頁を過ぎてなお刑事と読者とを悩ませる。49歳のベックの明晰ではあるが漂う哀切が全編を浸している。去った妻の残り香と2人の子どものちょっとした道具があるひとり暮らし。そこで不可解の事件にじっと目を凝らす。