2017年10月25日
字引のこと(1) 木山捷平
長らく使っていた国語の字引、辞林がぼろぼろになって、広辞苑を買ったのは昭和三十六年二月二十五日のことである。
古本屋で買った。買値は千六百円だった。(定価は二千円。)
私はちかごろ、買った物になるべく年月日を記入するようにしている。洋服や靴には書いたことがないが、下駄にはかく。もっとも下駄に書いたやつは、いつの間にか消えちゃって、意味がなくなるのが通例である。だいたいに於いて、下駄は一年に一足あれば、私は用が足りるようである。
広辞苑も買った日、表紙裏に年月日と買値を記入しておいたので、この随筆もかけるというわけである。もっとも随筆をかくために記入しておいたのではない。年齢的に、つまりは私が年をとったので「日」に愛惜を覚えるようになったというのが、多分真に近いであろう。