2018年10月15日
泥人形(2) 串田孫一
その日私は部屋に入ってひとまず机の前に坐り、留守中に届いた三通ばかりの手紙を読み終って書棚を見ると、泥でつくった人形が見えない。そして人形の置いてあったはずの棚に細かいものが三つ四つ並んでいるので、立って行ってみると、人形のかけらだった。
泥で造ったその人形は、今となっては誰から貰ったものかもさっぱりと忘れてしまったが、自分ではたきをかける時にも気をつけていて、その程度には大切にしていた。
私は母のところへ行って、篤子さんの子どもが部屋へ入ったね、と言おうかと思った。そして人形がこわれていることを訴えようかと思った。しかしそのこわれた人形のかけらを見ていると、妙に脳の詰って来るような気分に襲われて来た。それはまだ幼い女の児が、手を出して持った拍子に人形が床に落ちてこわれ、その瞬間決して平気ではなかったに違いない。どんな子供か、私は一度も会ってないけれど、どぎまぎしてそれをどう言いわけする術もなく、かけらを拾って棚の上に並べると、さっそく私の部屋を飛び出して行ったにちがいない。
そういう想像をすると、私には、どういうものか少し爪ののびた女の子の小さい指先が見えて来るのだった。その指先と、目のあたりから耳にかけて困惑の慄えがにじみ出すように現われ、丸くぽちんとした鼻のあたまばかりが知らん振りをしている。
眠るまえになって、またつい取り落してこわした人形のことを、その子は思い出さなければいいがと思った。