2018年10月18日
女神喪失 菱山修三
いつか わたしどもはおたがいに隔ってしまいました
あなたはひとの妻であり わたしもひとの夫になって
あなたはどんな方かと尋ねるひとがあっても 返答につまるくらいに
はるばるとひろがる海原を前にしてわたしは渚にうずくまり
あなたはけぶる水平線に
過ぎるともなく過ぎる船の甲板にいるようです
そして わたしとあなたとはめいめい外国で
別々の歳月を見送って来ました
いまも往来でまざまざと気付きました
せまい額が黄色く てらてらとひかった青年が
いくたりも輪になって立ちどまっていたり
そんな青年と 似たり寄ったりの乾いた顔をした女の子が
ぞろぞろ歩いていたりします
もう決して みやびやかなあなたのお顔をみつけだすことがありません
あなたにしても町へ出たら うすい服を着た廿才の
いくつも放心した顔の壁にぶつかります
町で或る男に逢うと わたしを高等学校の学生のようにあしらって
「―あなたを再評価するひとが いまにきつと出て来ますよ」と
その男はべらべらしゃべっていました
その男も批評家で(ああ なんという幻滅 どこまでつづく東京の墓場でしょう)
高等学校の教師をしているそうです
わたしの逢っているのは外国人か 無縁のひとです
わたしが何を絶叫したくなるか あなたにご想像がつくでしょうか
いまさら惜しんでも あまりあるあなたの逃亡 閉ざされたドア
わたしにとって かけがえのないあなたの喪失 あいている長椅子
ああ みこころのままに アーメンと申します