2018年10月30日
捨てる(5) 佐藤東洋麿(横浜市)
梅本さんの何冊かの書物やフランス映画のさまざまな名シーンからは、よく聴きとれないけれどもぶつぶつと鼻音まじりのフランス語が流れだし、クッチャーの少女アレックスの口からは、「あの窃盗犯の片割れだ!」とどなる巡査を避けながら、あのクソお巡り!と応じるドイツ語が漏れだす。そしてふてぶてしい米国の殺し屋ゴールド・ステインからは、もちろん米語が。手ぜまなパソコン部屋で私を取りまくこれらの品々は、それぞれのお国柄で少し異なる感触をもつ。滑らかな。ザラッとした。ギクシャクした。それに少しことなる色合いをもつ。うす桃色の。濃い褐色の。軽いオレンジ色の。しかも少し異なる匂いをもつ。甘やかな。ツンとした。匂いと音と彩りに浸って私は黙している。
何時かな?
いや何時でもいいのさ。いつ眠ろうがいつ起きようが、自由だけがお宝だ。さあベランダのゼラニウムを見に行こう。深夜の雨模様でぼんやりとしか見えないが、陶然として深呼吸する。
2018.10.1 「随筆春秋」誌より