2018年11月14日
当麻寺(3) 藤枝静男
風呂に入り、高野好みと云う結構な二の膳つきの精進料理をいただくころは、もうすっかり夜になっていた。それからわれわれは案内されて、ドテラ姿のまま、石州侯作だという茶席にぞろぞろと入って行った。脚下もよくわからない暗闇のせまい廊下を伝いながら外をのぞくと、庭石や踏石が薄白く眼に入ったので、月が出たのかなと思った。
しかしその辺から遣り水の音がかなり激しく響いてくるところをみると、やっぱり予報どおり明日も雨かも知れないと考えた。
席へはいる口の手前で列がつまって皆が立ちどまったので、私は膝をついて縁から身体をのり出して、深い庇にかくされた空を見ようとした。せまい壷庭のすぐ端から、切り立ったような丘がはじまって空をかくしているのである。
すると、私が見上げたとき、真黒い丘の樹立ちの上に、大きな天平の三重塔が、輪廓だけのこして墨汁で塗りつぶされたように重く、まるで私の眉を圧するようにのしかかって来た。そしてその左肩のあたりに十三夜ころとおぼしい春の月が淡くかかり、前方をちぎれた雨雲が強いコントラストで後から後からと流れていた。まことに息をのむばかりの美しさであった。