2019年1月18日
家業 縁(えにし)より 歌集 大き画布 西川敏子より
父祖よりの家業継ぎ来し自負もてば醸されて甘き麹が匂ふ
大自然に人は脆しよ春寒を一夜酒とふ甘酒醸す
年を経し大樽どっかと位置占めて始業にパートの顔揃ひたり
わが生活支へて太き工場の欅の梁が蒸気に霞む
いつくしみ育みて来し子のごとく黄金色の麹掌にする
醸造につね誇りもつ夫の背の広さに頼り来たるいくとせ
ジーンズの娘も交りゐて終日を笑ひ絶へざる陽のさす作業場
外国の豊作不作に悪憂せる醸造業なるわれの生業
集計紙に虚偽なき数字うめてゆく鉛筆の芯の黒き尖りよ
鼻梁高き税務署員の眼がはしる決算書に数字怯へつつ並ぶ
黒き霧灘へるさなかこつこつと働く無抵抗なる納税者たち
ペンだこと節くれし指厨辺に菜の花漬ける専従者われ
一抱えの白萩活くれば作業場もたちまち秋の山峡となる
幸せも不幸もいつか帳尻の合ふ一世かと年を重ねし
定年のなき夫背筋伸しゆく専従者われ大き息のむ
ひたすらに守り来し家業 子が継がず人に委ねぬ継がれゆくべし
いさぎよく家業譲りて身はかろく翔びてゆかむよ冬鳥のごと
今日よりは無用となりし作業衣を濯ぎて和らかき冬の陽に干す
末吉のみくじを引きぬ余生とふ賜ひし道を夫と歩まむ
引退の日は遂に来ぬ歩みゆくコスモスの道花の喝采