2019年5月8日
通う(2) 佐藤東洋麿
席にもどるともう料理はきているが、熱すぎるのですぐには食べない。さて読みかけの岩波文庫は永井荷風『濹東綺譚』である。いつもは北欧ミステリーを持ち歩いているのだが、私にとって荷風はひとつのミステリーだ。初めて目にしたのは彼の訳詩集『珊瑚集』、ボードレールの訳がいくつかあって、原詩の選択にすばらしさを感じた。晴れてすがすがしい夏の朝、散策にでかけると、道ばたに女の死体がある。
青蝿の群翼を鳴らす腐りし腹より 蛆虫の黒きかたまり湧出で、濃き膿の如く……(腐肉)
そうかと思うと、ヴェルレーヌの訳詩の叙情的な響きもたくみだ。
「あ、遺瀬なき追憶の是非もなや。衰へ疲れし空に鵯の飛ぶ秋……」(返らぬむかし)