2019年5月9日
通う(3) 佐藤東洋麿
明治生まれのとてつもない教養人の、孤独死が発見された昭和三十四年のニュースをかすかに覚えている。かたわらのバッグには大金が預けられた貯金通帳など貴重品と、数十万円のはいった財布が。『あめりか物語』も『ふらんす物語』もなにも読んでいなかった私は、よくあるケチで孤独な作家なんだな、と思ったりした。いまじつくりと荷風を読めば、とりわけ日記「断腸亭日乗」を読めば、全く違うことが分かる。けた外れの好奇心を究極まで充たしながら、奥底には批判精神もある。昭和十年代にまっこうから軍部や政府に異を唱えれば、牢屋で虐殺されるだけだ。そうっと、そうっと生きろ。行けるうちは足繁く通う、吉原や玉の井や、私娼の居る娼婦の館に。そして交わるだけでなく親しく語りあう。
「ふと一軒憩むに便宜なる家を見出得たり」(昭和十一年九月七日の日記)。