2019年5月23日
パルテノン(3)―ギリシャ紀行― 中河与一
そのまま階段を上にあがって、岩をよぢのぼればその神殿のところまで歩いてゆけたかもしれなかった。さうしてみたい気持が一寸起ったが、私はゆっくりそれを味ふやうに、デオニソスを出て、バスで走ること十五分、矢張り正門から入らうと考へた。
長い曲った登り道を歩いてゆくと、その辺りには団扇サボテンの黄色い花や、カクタスの白い高い花が咲き、足許にはヒナゲシの赤い花が咲き乱れて、ところどころに中位の笠松が立ってゐた。
正門はこの町の中心であるアクロポリスの丘の西側にあった。
見あげると大理石の塊りは余りにも雄大で、端麗で、艶美で、それはまぎれもなく長い間空想し、夢にみ、その美観にあこがれてゐたものにちがひなかった。
このくづれかかったまま青空を背景にたってゐる神殿――それはまさしく幾度かものの本でよみ、写真で眺め、吐息をついた状景そのものに他ならなかった。