2019年5月24日
パルテノン(4)―ギリシャ紀行― 中河与一
それは勿論盛時の完美とは似ても似つかぬ廃嘘にすぎなかったが、それだけにもっと沢山のむらがる空想を刺戟するやうに思はれた。それは適当な高さをもった丘の上にあり、多くのギリシャの彫刻や工芸にもまさって、それらを綜合して立ってゐるやうに思はれた。
神殿は丘の上のやや南よりの地点に奥ふかく建ってゐた。兇あげるばかりに高い列柱の廃嘘で、大理石の肌は荒れて黒みがかり、積みあげられた柱のエンタシスの細心の用意と理知的な処理とが、当時のギリシャ人の美への捨身と明徹な感覚と洗練とを感じさせた。それは大きい長方形に竝んで傷ついた柱とその上にある破風にすぎなかったが、ギリシャの盛時を思はして、そぞろ私を古代の壮厳の中へつれて行った。