2019年5月27日
パルテノン(5)―ギリシャ紀行― 中河与一
神殿の基礎にあがるのには、大きい股で三段よぢのぼるやうにしなければならなかった。
私は今それらの竝んでゐる柱の間に立ってゐるのであった。
その昔、処女神パルテノスを祭ってゐた時、その持ってゐる長槍はエーゲ海から金色に光って見えたといふ。云ふまでもなくドリア式建築の最美の遺跡にちがひなかった。
そこからは東の方にセント・ジョージ修道院の高みが見え、南の方にはエーゲ海がひろがり、その向ふに山か島か青く横たはってゐるのが見渡たされた。
燦々と太陽がかがやき、風景も神殿も全体が明快で健康な形式をもってゐた。云ってみれば東洋風の神秘や雄偉さや陰影はそこには見出せなかった。単純と云へば単純であり、明快すぎると云へばたしかにそんなところもあったが、その端然とした洗練と壮麗さと明析さには、ヘラスの公明さが感じられた。合理主義の典型的な美観と云へばやや云ひ得てゐるかもしれなかった。