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2019年5月30日

パルテノン(8)―ギリシャ紀行― 中河与一

 私はギリシャといふこの西洋文明の発祥地に立ちながら、東洋とは異なる明快さ、余りに均斉のとれた形式を感じつづけてゐた。
 それは今日のヨーロッパともちがふが、まぎれもなくエヂプトや印度の怪異や雄大とは全然異質の光の中の文明であった。
 それだけでそれが吾々にとって余りにも高貴にもの珍らしく思はれてゐたことは事実であった。
 然し考へてゐるうちにふと食ひ足らぬといへば少し云ひすぎかもしれないが、それは明快なやや含みに乏しいわかりやすい合理主義の原型といふのが適当ではないかと想はれてきた。今の抽象や非合理美術から云へば、余りに均斉がとれすぎてもの足りなかった。簡単に批判するには余りにも偉大であるが、矢張りこれがヨーロッパといふもののやうに思はれて来た。そして東洋と西洋の相違に今更らのやうに驚いてみるのであった。それは余りにも大きい問題であった。私はこの感想をもっと持ちつづけてみなければならぬと想った。
 西洋と東洋とは出発に於て斯くも異なり、それが今日どんな風に交流し、未来に於てどんな風に批判されろかには興味ある問題がある。それは余りにも大きい聞題である。
 私は立ち去りがたい気持ちで暮れかかるまでそこに立ってゐた。
 陽が照りつけて少し暑かった。
 やがて夕陽が門から入り神殿の柱にななめにあたり、長い影が大理石の床の上におちた。ところどころくづれおちた破風には、その跡へ新しい大理石がはめこまれてゐるのがわかったりした。
 列柱は束と西に八本づつ、南と北に十七本づつ建ってゐた。
 大理石の神殿の破片が足許の至るところに一杯ころがってゐた。



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