2019年5月31日
パルテノン(9)―ギリシャ紀行― 中河与一
その翌日は考古博物館に出かけた
ギリシャの街には聖書に出てくる桑の木の竝木や、アカシヤや、ペパや、月桂樹や、レモンの並木があちこちの通りにあった。それらは多く上の方に枝や葉を残すやうに刈りこんで大きい影を道の上につくってゐた。
殊にペパの木の繊細な葉は、夜の光に照されると一層美しくかなしく見えた。所謂胡椒の木で、葉が一勢にしげりあひ美しい塊りを作ってゐた。
多くの名作が国外に持ち去られてゐるといふことはギリシャを考へる上で大変なことである。とは云へ、そこの博物館が私を失望させたといふわけではない。
それはまぎれもなくヨーロッパであり、ギリシャであり、そこ以外では感じ得ないものを感じさせてくれた。
牛の屠殺と農耕とを彫った対の金のコップ、両手をひろげたゼウスや、アポロや、クウロスや、ポセイドソの像。
犬と猫の喧嘩してゐるブロンズ、ジュピターとダイヤナの浮彫、馳けてゐる子供の像……それらはみごとなシンメトリーをもったギリシャそのものに他ならなかった。