2019年6月3日
パルテノン(10)―ギリシャ紀行― 中河与一
初期の立像は大抵左足を前方に出して、そこにはアルカイック風の徴笑が大抵あった。
それらは世界の宝であり、西欧といふものの原型がなしとげた偉大な奇蹟の一つにちがひなかった。
二階には香水や酒や油を入れた無数の壷、それから人間の骨を入れた大きい甕などが飽きるほどあった。
幾何学模様のものや、黒絵手式のものや、赤絵手式のものがあり、それぞれの用途によってそれらは形が変へられてゐた。表面には細い線で、黒や褐色の地にひっ掻いたやうにギリシャの風俗や動物の絵が描かれて、その時代の生活と頽廃までを感じさせた。
私は昨日感じたことをもう一度考へなほしながらそこを歩いてゐた。
私は二千五百年前の文明の残照と向きあひながら、それがルネッサンスに与へた大きい影響を思ひながら、それが今日とどういふ関係をもつものだらうかと考へてゐた。
今日の世界の暗欝と混濁に対して大きい反省を与へてゐることはわかるが、ヨーロッパ自身の没落といふことをそれ自身が、すでに今の時点に於て物語ってゐるのではないかと思ってみた。それは明らかに今までの見方とはちがって見なければならないものを感じさせた。まさしく過ぎつつある合理主義の最高最美の殿堂といふのが適切ではないかと思はれた。今の非今理世界から見ればたしかにそれはやや単純ではないかと思はれた。