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2019年7月5日

偶感(3) 結城哀草果

 さて斎藤茂吉は和歌つまり短歌では、柿本人麿の作品をいちばん重視し尊敬した。また俳句では松尾芭蕉を最高におもって、敬服してをった。ところが茂吉といふ人間は、尊敬する人間とその作品に、低頭しつづけて満足するやうな好人物ではない。彼は尊敬する人物を投げ転ばさぬと、気がすまぬのである。かくして茂吉は人麿を投げ転ばすことが出来たのである。それはいふまでもなく、人麿の作品の芸術標高よりも、標高の高い作品を茂吉が、生み出すことである。茂吉はそれを実行し、成功した稀有な歌人である。
 その茂吉は昭和二十一年一月三十日から、戦争疎開を好機として、最上川畔の大石田町に移り、専ら芭蕉の最上川の句に抵抗をつづけたのである。茂吉は二月一日から同町の旧家二藤兵右衛門方の離家に落著き、晴雨の別なく毎日徒歩で、最上川周辺を何かないか、何かないかと歩きつづけたのである。それは猛吹雪の日だったが、今日は炬燵に身をあたためて、宇野浩二の小説でも読まんかと、おもったのであったが、いやこのやうな日こそ、手柄を立てることがあると、自己をはげまして、茂吉は吹雪に抗して最上川岸を、よろめきながら歩いてゆくのである。



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