2019年7月9日
偶感(5)最終回 結城哀草果
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米沢市遠山町に住む私の友人、堤菁君の長女恵理子さんが、今年八才になる。その恵理子さんが昨年七才のときに「あづま山」と筆太に揮毫した大幅が、東京で催された書道展に出品して金賞に選ばれ、実に見事なる出来栄えである。私はその雄渾な息吹に当てられて、しばらく沈黙をつづけたのである。そして七才の女童が、どうしてこんなに素晴しい揮毫が出来たのかについて、迷ったのであった。
そしてその夜眠らずに考へつづけたが、明け方になって、
「ああそうだったのか」
と思ひ当り、心の中で快哉を叫んだのである。そして朝の食卓で堤君夫婦に向って、
「恵理子さんがどうしてあんなに、素晴しい揮毫をしだかがわかったよ。それは恵理ちゃんが、始終吾妻山を眺めつづけてから、書いたからだよ。」
といふと、恵理子さんの母親の和子さんが、
「結城先生は偉いわ、その通りよ。恵理子の書道の先生が、「あづま山」と書くのだから、始終吾妻山を眺めてから書きなさいと教へ、恵理子はその教へを守って、実行したまでよ。」
といふのであった。そして遠山町の山裾に新築した近代風の堤家からは、田圃をへだてて南の空に聳える吾妻山が、常によく仰がれるのである。それを日夜眺めつづけた七才の恵理子さんの精神に、吾妻山の雄渾な山気が乗り移って、こんなに素晴しい書が出来たのである。
書は精神で揮毫するやうに決めてるやうでもあるが、書もやはり足と眼とで書くと、素晴しいものが出来るのである。もし「蔵王山」と揮毫する場合は、半年位は蔵王山を眺めつづけたうへに、筆を持って書けば蔵王山の山気が、その人の精神に乗り移って、蔵王山そっくりの書が出来る。すべて足と眼とがあらゆる芸術の土台である。