2019年7月11日
常住坐臥(2) 木山捷平
昼弁当を私はよくのこして帰った。学校には棄てる場所がなかった。すくなくとも子供の頭ではそれを発見することができなかった。帰りの道でも棄てるところがなかった。これも本当はいくらでもあった筈だが、私にはないのと同然だった。多分、すてるところを人に見られるのが恥ずかしかったのではないかと思う。
のこした弁当を母がどうしたかははっきり覚えていない。おそらく鶏にでもやったのではないかと思う。つまり私は意識せずに動物愛護をやっていたということになる。もしこれを小説にする時には、私が学校から帰ると鶏が鶏小屋の金網にとびついて、私を大歓迎するということにしたら面白いだろう。食べたい弁当もわざと食べのこして、鶏に持って帰ってやるということにすれば、一層美談になる。戦争中はこれに類した美談が沢山あった。