2019年7月12日
常住坐臥(3) 木山捷平
ある時、尋常五年生の時だったか六年生の時だったか忘れたが、私は家に昼飯をくいに帰ったことがある。いま急には思い出せないが、母を何等かの方法でだましたのではなかったかと思う。つまり私は口実をもうけて学校へ弁当を持って行かなかったのだ。
学校では学校から近いものはお昼はみんな食べに帰るならわしだった。辺鄙者だけが冷たい弁当をお茶もなしに食べる習慣だった。それで私は一ぺんでもいいから、あったかい昼御飯を家で食べてみたくなったのである。
四時間目がすむと、私は校門を一目散にかけ出した。駈けねば五時問目の授業の間にあわなかった。家にかえってあったかい御飯を一瀉千里にかきこんだ。味など吟味している暇はなかった。箸をおくとお茶をのむひまもなく、学校さして駈け出した。途中で横腹がいたくなったが、大して気にはならなかった。また明日もそうしようとたのしみにした。ところがその日のうちに父親のしるところとなって、晩御飯の時大目玉をくらって、私のたのしみは一回きりでつぶれた。