2019年7月16日
常住坐臥(4) 木山捷平
五十年すぎたこのごろ、私のたのしみといえば朝食兼昼食にビールの小瓶を一本のむことである。たまには二本になることもあるが、表むきは一本を限度ということにしてある。一本にせよ二本にせよ、これはもっぱら食欲の刺戟用ということになっているから、家内も文句は云わない。この意味において私は親父よりも家内の方が好きである。
ビールをのみながら十二時のニュースをきく。それから流行歌をきいて、「たまゆら」を見る。その次に「妻たち」を見て「命なりけり」を見て、「絶唱」を見ている間に食事がおわる。
テレビはなんとなく眼がつかれる。眼の疲れをやすめるため、私は昼寝をする。夏の昼寝はいうまでもなく裸にかぎる。老来腹が出ばってきたので、腹巻の必要はない。腹それ自身が腹巻のようなものである。
眼がさめる頃、一ぴきの蚊がどこからかやってくる。小さな黒い色をしたやつで、彼女のやつとてつもなく敏捷である。つかまえて叩きつぶしてやろうと思うが、彼女はとっくに私が老眼であるのを見ぬいているようである。毎日、十分か十五分間、追っかけごっこの末、彼女はどこかへ退散して行く。あとはまた明日のお三時のたのしみということになる。刺されたあとはお灸がわり、裸の格闘は運動不足の解消、けっこう健康の増進には役立っているようである。