2019年7月23日
時間の密度(2) 杉浦明平
数年まえ、用事があって吉良町の前町長という老人を私宅におとずれたことがある。三期か四期、無投票で町長をつづけた実力者ということだったが、そのときは町政の第一線から退いていたようである。入口に幾段かに積まれた小さな盆栽の鉢ではいろいろの木々が紅葉していたのが記憶にのこっている。新築の茶室で、いろいろ話をきいて出ようとしたとき、その老人が、なぜとなく
「七十九年も、あっというまですな」
とつけくわえた。それには実感がこもっていた。あの老人は生きていたら九十近いだろうが、もう生きていないかもしれない、と、ときどきその一句を思いだす。とくに、月日がスピードをもって流れだしたこのごろは、「あっというま」ということばがわたしの実感になったような気がする。