2019年8月30日
小宮豊隆先生(青春の回想の一部)(13) 津村秀夫
「三四郎」の中に出てくる広田先生の引越しの話、その時手伝う学生たちの話が出ると、小宮先生は現実に漱石家の引越しの話を水曜会で話されたこともある。
「小宮は大きな荷物を持たずに軽い物ばかり持っていやがる」と夏目さんに皮肉を云われたと、先生は笑いばなしをされた。「三四郎」の中に活写されている光景はその通りのものだったらしい。
仙台市北二番丁六八の先生宅は、古びた武家屋敷で、戦災で今はもう焼亡したらしいが、庭に古池があった。夏近くなるとその古池で蛙がやかましく鳴いた。
学生たちの集る奥の八畳の座敷には、夏目さんの書である「則天去私」の横の額がかかっていて、その下のところに小宮先生がいつも坐られた。我われ学生は、その部屋の三方を函むような形で席を取ったが、おのずから席がきま
っていた。