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2019年9月6日

アルベール・カミユ 「結婚」 柏倉康夫訳 ティパサでの結婚(3)

まえがき  柏倉康夫

昔から良い作品や文章を読んだとき、感動の証に背筋が震えることがときどきある。その最初の経験が、高等学校のときに読んだアルベール・カミュの『結婚』だった。古文の授業時間に教科書に隠すようにして読んでいて、突然背中がブルッとふるえた。
90ページほどの本には、「ティパサでの結婚」、「ジェミラの風」、「アルジェの夏」、「砂漠」の4篇の詩的エッセーが収録されていて、冒頭の「ティパサでの結婚」の印象はとくに強烈だった。これらのエッセーに共通するのは、アルジェリアをはじめとする地中海地方に特有の大地、輝く太陽、青い空、吹き渡る風、芳香を放つ色とりどりの花••••こうした世界の美しさを肌で感じつつ、今この時を生きることへの讃歌である。そしてこのためには、何よりも若さとしなやかな肉体を必要とする。
カミュはのちに書く『シーシュポスの神話』のエピグラフに、古代ギリシアの詩人ピンダロスから、「ああ、わが魂よ、不死の生に憧れてはならぬ、可能なものの領域を汲み尽くせ」という言葉を引用するが、この一行こそ『結婚』の内容を要約している。若かった私が深く感動したのも、こうした生き方に共鳴したからに他ならない。
初めて読んでから凡そ65年、窪田啓作、高畠正明両氏の既訳があるが、あえて自分なりの翻訳をこころみた。テクストは1950年刊行のガリマール版によった。

【 本編執筆者 柏倉康夫氏は共立荻野病院理事長 荻野鐵人の高校時代の御友人です 】

ティパサでの結婚(3)
 港の左手では、乾いた石段が乳香樹とエニシダの間を廃嘘へと通じている。道は小さな灯台の前を通って、やがて広々とした平野へ下って行く。灯台の足元では、すでに董色や黄色や赤い花をつけた肉厚の植物の叢が、一番手前の岩の方へさがっていき、その岩を海が口づけの音を立てて舐めている。微風のなかに立っていると、顔の片方だけが太陽に熱せられて熱い。わたしたちは、空から落ちてくる光、漣一つたたない海、その輝く歯をみせる微笑を眺める。廃嘘の王国へ入る前に、最後にもう一度あたりを見まわす。



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