2019年9月10日
アルベール・カミユ 「結婚」 柏倉康夫訳 ティパサでの結婚(5)
ティパサでの結婚(5)
ニガヨモギを踏みしだき、廃嘘を愛撫し、自分の呼吸を世界の激しい息づかいに合致させようとして、どれほどの時間が過ぎたことだろう! 野生の匂いや眠気を誘う虫の合奏に埋もれて、わたしは眼と心を、熱気でむせかえる堪えがたい大空にむけて開く。あるがままのものになろうとし、自分の深い節度を探り出すのはそれほど容易ではない。ただ、シュヌアの堅固な骨格を見ていると、わたしの心は不思議な確信で鎮まるのだ。わたしは息をすることができ、自分に同化し、自分自身を成就する。わたしは丘を一つまた一つよじ登っていったが、丘はそれぞれにご褒美を用意してくれていた。この寺院などがそれで、その柱の一本一本が太陽の運行を教えてくれたし、そこからは村全体、白やバラ色の壁やヴェランダを見渡すことができた。東の丘の上のバジリカ会堂もその一つで、壁はかつてのままで、まわりの広い範囲で、発掘された大理石の石棺が列をなし、そのほとんどは地面からわずかに顔をのぞかせているだけで、大部分は土に埋もれている。なかには死者たちが納められていて、そこではいま、サルビアとニオイアラセイトウの新芽が生えている。聖サルサ教会堂はキリスト教のもので、入口から覗くたびに、聴こえてくるのはこの世のメロディー、松や糸杉が植わった丘、あるいは二十メートルごとに白い犬を転がしている海が奏でるメロディーである。聖サルサ教会堂が建つ丘の頂は平らで、風が柱廊を吹き抜けて広がっていく。朝の太陽の下で、大いなる幸せが大気のなかで揺れている。