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2019年9月19日

アルベール・カミユ 「結婚」 柏倉康夫訳 ティパサでの結婚(11)

ティパサでの結婚(11)
 夕方、わたしは他よりも整然とした公園の瓦にもどった。そこは庭園になっていて、国道沿いにあった。香りと太陽のざわめきから抜け出して、夕方になり、いままた爽やかになった大気のなかで、精神は鎮まり、緊張から解き放たれた肉体は、満たされた愛から生まれる内なる沈黙を味わっていた。わたしはベンチに座り、落日とともに丸味を帯びていく野原を眺めていた。わたしは満たされていた。頭上には、一本の柘榴が、固く握った小さな拳のような、閉ざされて筋張った花の蕾を垂れていたが、その蕾は春の希望のすべてを孕んでいるようだった。後ろにはローズマリーがあった。わたしはそのアルコールの香りを嗅いだ。丘は樹木の額縁の間におさまり、そのさらに先では、海が縁取りとなって、その上では、空が立ち往生している帆舟のように、やさしさを一杯に湛えて憩っていた.わたしは心に不思議な歓びを感じた。それは穏やかな意識から生まれる歓びだった。俳優たちが自分の役柄をうまく演じたと自覚するときに覚える感情がある。より正確には、俳優たちが彼らの仕草を、身体で表現する理想の登場人物のそれと一致させ、前もって描かれたデッサン、つまり彼らが一瞬で生命をあたえ、彼ら自身の心臓で鼓動させるそのデッサンに入り込んだときに覚える感情だ。わたしが感じたのはまさにそうした感情だった。わたしは自分の役をうまく演じたのだ。わたしは人間としての仕事を果たした。そして長い一日の間中、歓びを覚えたことは例外的な成功だとは思えず、むしろある状況のもとで、幸福になるという義務をわたしたちに課すある条件の感動的な成就のように思えるのだった。そのときわたしたちはふたたび孤独を見出すが、それも今度は満足のなかでだ。



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