2019年9月20日
アルベール・カミユ 「結婚」 柏倉康夫訳 ティパサでの結婚(終)
ティパサでの結婚(終)
いまや、木々には鳥が群がっていた。大地は闇に没する前にゆっくりと息づいていた。まもなく一番星とともに、夜が世界の情景に帳を降ろすだろう。昼間のきらびやかな神々は、やがて彼らの日常の死に立ち返るだろう。そして別の神々がやってくる。もっと暗くなるために、彼らの荒廃した顔が、大地のさなかで生まれてくる。少なくともいまは、砂に砕ける間断ない波音が、金粉が舞う空間を通して、ここまで聞こえてくる。海、野原、沈黙、この大地の香り、わたしは芳香一杯の生に満たされていた。わたしは世界の黄金色に色づいた果物にかぶりつき、その甘い強烈な果汁が唇のあたりを滴るのを感じて狼狽した。そうだ、大切なのはわたしでもなければ、この世界でもなかった。ただ単に、調和であり、沈黙だった。その沈黙こそがわたしのために、世界から愛を生じさせたのだ。わたしにはその愛を、自分一人のために要求する弱さはなかった。わたしは、それを一つの種族全体と分かち合うことを自覚し、そのことを誇りにもしていた。その種族とは太陽と海から生まれ、生き生きとして味わいがあり、自らの偉大さを単純さから汲みとり、海辺に立って、共犯の微笑みを、空の輝かしい微笑みにむけて投げかける種族だ。