2019年9月30日
「ジェミラの風」(5)アルベール・カミユ 柏倉康夫訳
そう、わたしはいまここにいる。この瞬間、わたしの胸を打つのは、わたしがもう遠くへは行けないことだ。永久に牢につながれた男のように――そして、その男にとっては、いまがすべてなのだ。明日もまた、他のすべての日々と同じなのを知っている男のようだった。天の人間にとって、現存を意識するとは、もはや何も期待しないということだ。もし風景が精神の状態であるといった、そんな風景があるなら、それはもつとも卑俗な風景だ。そしてわたしは、この地方の至るところで、わたしのものではない何か、この地方のもので、わたしたちに共通の死の味わいのような何かを追ってきた。不安は、いまや影が斜めになった石柱の間で、傷ついた鳥のように、大気のなかにとけ込んでいた。それに代わって、そこでは乾いた明晰さが息づいていた。不安は、生きた人間の心から生まれる。だが静けさが生きている心をおおうだろう。これこそ、わたしがはっきりと悟ったことだ。日が進むにつれて、さまざまな音と光が、灰燼のように空から降ってくるもとで、わたしは息をつめ、放心し、自分のなかでノンといっている緩慢な力に対して無力である自分を感じた。