2019年10月1日
「ジェミラの風」(6)アルベール・カミユ 柏倉康夫訳
断念とはまったく違う拒絶があるのを、理解している人は少ない。ここでは、未来とか、より良い存在とか、地位といった言葉は何を意味しているのか。心の向上とは、何を意味しているのだろうか。この世のあらゆる〈もっとあとで〉を、わたしが執拗に拒否するのは、まさに、わたしがいまの豊かさを断念しないということだ。わたしにとって、死がもう一つの生を開くと信ずるのは、喜びでもなんでもない。死はわたしにとつては閉じられた扉だ。それは越えるべき一歩だというのではない。そうではなく、死は恐ろしく、おぞましい冒険だ。人びとがわたしに勧めるのはどれも、その固有の生の重荷から、人間を解放しようとするものばかりだった。だがジェミラの空の大きな鳥たちの重い飛翔を前にして、わたしが要求し、手に入れるのは、まさにこの生の重荷なのだ。この受け身の情熱のなかで、全的存在であること、その他のことは、わたしにはもうどうでもいい。死について語るには、若さに溢れすぎている。それでも、もし語らなければならないなら、ここだと、言うべき適切な言葉が見つけられるように思う。それは恐怖と沈黙のなかで、死を自覚した確信だ。