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2019年10月18日

アルジェの夏(8)アルベール・カミユ 柏倉康夫訳

 昼が夜に移りゆくほんの短い一瞬、わたしの裡なるアルジェが、この点に結びつくには、隠れた徴と呼びかけに満たされる必要があるだろうか? この国をしばらく離れていた間、わたしはこの国の夕暮れを、幸福の約束のように思い描いた。街を見下ろす丘には、乳香やオリーヴの木のなかに幾筋も道がある。わたしの心が戻っていくのはこれらの道だ。そこでは、緑の地平線上を黒い鳥の群れが空へ飛んでいくのを目にする。太陽が急に消えた空では、何かが和らぐ。茜色の雲の小さな群れが引き伸ばされ、大気へ溶け込んでいく。その直後、最初の星が現れ、それが形をつくり、厚さを増す空のなかで固まっていくのを眺める。そして突然、貧婪な夜がやってくる。アルジェの束の間の夕暮れ。わたしの心にこれほど多くのものを解き放つものが、他に何があるだろうか? 夕暮れが唇に残す甘美な味わい、それは飽きる間もなく、夜のなかへ消えてしまう。これが持続する秘密なのだろうか? この国の優しさは心を揺さぶる、だがそれは一瞬のことだ。それでも少なくとも心は、すべてをその瞬間に委ねるのだ。パドヴァニの浜辺では、毎日ダンスホールが開かれている。横に長く、海に向かって開かれた長方形の巨大なホールでは、この界隈の貧しい若者たちが夕方まで踊っている。わたしは度々そこで奇妙な一刻を待った。日中、ホールは斜めに張り出した木の庇で保護されている。太陽が沈むと、それが引き上げられる。するとホールは、空と海の両方の貝殻から生まれた、不思議な緑の光でみたされる。窓から離れて座っていると、空しか見えない。そのなかを中国の影絵のように踊っている人たちの顔が次々に通り過ぎていく。ときおりワルツが奏でられる。すると緑色を背景にして、黒い横顔が執拗に回転する。まるで蓄音機のターンテーブルに固定された、切り抜きのシルエットのようだ。次いですぐに夜が来る。それとともに、灯りがともされる。この微妙な瞬間にわたしが感じる興奮と微妙な想いを、何と表現したらいいだろう。わたしは、少なくとも午後のあいだ踊り続けた、背の高い素敵な娘のことを思い出している。彼女は身体にぴったりとした青い服を着て、 ジャスミンの首輪をしていた。そして汗が服の腰から脚までを濡らしていた。彼女は踊りながら笑い、頭をのけぞらせ、テーブルのわきを通るとき、花と肉の混じった匂いを残していった。夕暮れがやって来た。ぴったり相手にくっついた彼女の身体はもう見えなかった。でも空では、白いジャスミンと黒い髪が、染みのように交互にまわっていた。そして、彼女がふくらんだ喉を後ろにそらすと、彼女の笑い声が聞らの存在を、その欲望が舞う空から決して引き離してはならないと悟った。



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