2019年11月5日
アルジェの夏(終)アルベール・カミユ 柏倉康夫訳
そのときココが前に出て、相手にいう。「ちょっと待て、待てよ」。相手がいう。「なんだよ」。するとココが彼にいう。「ぶんなぐってやろうか?」そして手をうしろにまわす。だがそれは見せかけだ。ココが、彼にいった。「手をうしろにやるんじゃない。さもないと、6・35〔ピストルの型〕をお見舞いするぞ。それともこ、三発喰らいたいか」。
相手は手をまわさなかった。そしてココは一発お見舞いしたー二発ではなく、一発。相手は地べたにころがった。「ウッ、ウッ」と捻った。そのとき大勢の入がやってきた。喧嘩がはじまった。なかの一人がココに向かっていった。二、三人。俺がいった。「おい、俺の兄弟に指一本でも触れてみろ1誰だ、お前の兄弟ってのは?兄弟じゃなきゃ、兄弟みたいなものだ。」そこで俺は一発パンチを喰らわせた。ココがそいつ殴り、俺が殴り、リュシアンが殴った。俺は一人を隅に連れて行って、頭突きを見舞った。「ボン、ボン」。そこへ警官がやってきた。俺たちは鎖につながれたというわけ。バブ=エルロ=ウエド中を引きまわされて、赤っ恥をかいた。「ジエントルマンズ・バー」の前には仲間や娘っ子がいて、また大恥をかいた。そのあとで、リュシアンのところの親父が、俺たちに、「お前たちは正しい」って、いってくれたんだ。
訳注
(1)ジャック・ウルゴンは一九三五年当時、アルジェ大学文学部教授で、同人誌「リヴァージュ」の編集委員の一人だった。学生のカミュは影響をうけた。
(2)カミュは一九三六年と三七年に、フランス本土の他に、中央ヨーロッパ、そしてイタリアを旅行した。
(3)ベルクール、かつてカミュが住んでいたアルジェの下町。
(4)ペタンクはフランスで生まれた玉遊び。ビユットと呼ばれる木製の目標に目がけて鉄の玉を投げで、ビュットにどれだけ近いかを競うゲームで三人対三人のチームで行うのが基本。
(5)プロチノスは、新プラトン主義の創始者といわれる古代ギリシアの哲学者。カミュは文学部の卒業論文でプロチノスをテーマに選んだ。