2019年11月15日
砂漠(7) アルベール・カミユ 柏倉康夫訳
もつとも忌まわしい唯物主義は、一般に考えられているようなものではない。それは死んだ観念を生きた現実と見なし、わたしたちの裡で、永久に死すべきものに向ける執拗で明晰な注意を、不毛の神話の上に逸らそうとするものだ。思い出すのだが、ブイレンツェのサンテイシマ・アヌンツイアータの死者たちを祭った教会(8)の中庭で、何かに心を奪われたことがあった。それは悲哀だと思ったが、じつは怒りだった。雨が降っていた。わたしは墓石や奉納物の上の墓碑を読んでいた。優しい父や、忠実な夫、あるいは最良の夫でかつ抜け目のない商人の碑銘だった。美徳の鑑であった若い女性は、〈まるで生まれた国の言葉のように〉フランス語を話し、一家の希望だった。〈しかし喜びは地上の束の間のものだ〉。ただこれらは、わたしをまったく動揺させなかった。碑銘によると、ほとんどすべての人が死を甘受していた。それはきっと彼らが別の義務を受け入れていたからなのだ。いまは、子どもたちが中庭に入り込んで、死者の美徳を永遠のものとしようとする墓石の上で、馬跳びをして遊んでいた。そのとき夜の帳が降りてきた。わたしは柱に背をもたせかけ、地面に腰を下ろしていた。さっき一人の僧が通りかかり、微笑みかけた。教会のなかでは、オルガンが幽かに奏でられ、その熱っぽい旋律の色彩が、ときどき子どもの叫び声の背後で聞こえた。たった一人柱を背にして、わたしは喉をしめられて、最後の言葉として信仰を叫ぶ者のようだった。わたしの裡のすべてが、こうした忍従まがいのものに抗議していた。〈そうしなければならぬ〉と碑銘は告げていた。しかしそれは違う。わたしの反抗こそ正しかったのだ。地上の巡礼のように、無心で、没入するこの喜び。わたしはそのあとを一歩一歩ついていかなくてはならなかった。その他のことに、わたしは否といった。全力で否といった。碑銘は虚しく、人生は〈昇る陽もあれば沈む陽もある〉とわたしに教えてくれていた。だが今日では、その虚しさが、何をわたしの反抗から奪っているのかが分からず、却って反抗の意義が加わるのを強く感じる。
訳注
(8)サンティシマ・アヌンツィアータ、フィレンツェにあるルネサンス様式の教会堂。