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2019年11月25日

砂漠(13) アルベール・カミユ 柏倉康夫訳

 わたしは、この教訓をイタリアに負っているのだろうか。それとも自分の心から引き出したのだろうか。それがわたしの前に現れたのは、疑いもなくあそこだった。イタリアは他の特権的な場所と同じように、美の光景を提供してくれるが、それでも人はいずれ死ぬ。あそこでも、真実は朽ちないわけにはいかない。だが、これほど刺激的なことがあるだろうか。それがたといわたしの望みでも、朽ちずにはおかない真実について、わたしに何が出来るというのか。これはわたしの分限をこえている。こんな真実を愛するというのは、見せかけにすぎないだろう。人間が、彼の生を形づくってきたものを捨て去るのは、決して絶望からではないことを分かっている者は稀だ。軽率な行動や絶望は別の生へと導くだけで、それは大地の教えを前にして震えるような執着を示すだけだ。それでも明晰さがある段階に達すると、人は心が閉ざされたように感じ、反抗する権利の要求もなくなり、これまで自分の生だと思ってきたものに背をむける。わたしはこうした動揺のことをいいたいのだ。ランボーが、アビシニアでただの一行も書かずに生を終えたとしても(9)、それは冒険が好きだったからでも、作家であることを断念したからでもない。それは〈そんなものだから〉であり、わたしは、意識がある先端でまで行くと、自らの天性に従って、物事をあえて理解しないように努めるといる事実を最後には認める。これには明らかに、ある砂漠に関する地理学の企てと関わる気がする。その奇妙な砂漠は、そこで生きることの出来る人びとだけに感得されるもので、彼らは決して自分たちの喉の渇きを偽らない。それだからこそ彼らは命の泉に群がり、癒されるのだ。

訳注
(9)アルチュール・ランボー、一九世紀フランスの詩人。彼は一八七三年(一九歳)の十月、散文詩集『地獄の季節』を出版、二年後の一八七五年(二一歳)の二月には、同じく散文詩集『イリュミナシオン』の原稿をヴェルレーヌに託した後は、一切詩をつくることはなかった。その後はヨーロッパ各地を転々とし、一八八〇年(二六歳)の八月、バルデ商会のアデン代理店に雇われ、一二月にはバルデ商会が新設した代理店に着任するために、隊商とともにアビシニア(現在のエチオピア)のハラルに行き、以後、交易と探検の生活を送り、三七歳まで当地にとどまった。そして一八九一年(三七歳)のときに骨肉腫を発症し、帰国してマルセイユの病院で右脚を切断する手術をうけたが回復せず、この年の十一月に死去した。



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