2019年12月5日
語りかける(終) 佐藤東洋麿
手ぜま過ぎる私のパソコン部屋の、すぐ目にはいる壁に一枚の写真が貼ってある。横浜霊園に同行した妻が撮ってくれた。私の上半身の大写しと、その左に「関家の墓」と彫られた仏塔。その裏側には数人の名が刻まれているが写真では見えない。
三十年ほど前にガンで他界した奥さんの享年は五十歳だった。三人の子どもと九十歳を越えていた彼の母親と五人で暮らしていた。
関さん、なぜ複数のガンで末期を迎えたとき、死後三週間たってから知人に知らせるよう言いおいて、遠くの施設で鬼籍にはいったの? と語りかける。