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2020年6月11日

中高年の健康戦略(11) 富士通川崎病院 院長 行山康

 「不安」という意識は現代人の精神生活においてもっとも根源的なものとかんがえられます。
 また「不安」が投影された現実の生活では、例えば保険制度ひとつをとってもわかるように「不安」がビジネス化され、ネットワーク化されています。
 現代生活の複雑なネットワークには常に「不安」という横糸が織り込まれているのです。核戦争の脅威とか地球環境破壊による人類存続に対する「不安」から明日の仕事に対する「不安」まで「不安」についての話題は述べ尽くせるものではありませんが、中高年の健康戦略上の「不安」に絞っていくつか述べて見ましょう。
 中高年の健康戦略として述べてきた「老」、「病」、「死」、「食べる」、「眠る」、「歩く」、「暑さ、寒さ」などはすべて「不安」に関係しています。
 例えば「食べる」の項では「食べる」は生命維持と物質代謝を通じて、宇宙そのものを体現している、その意味を感じとろうではないかなどと高邁なことを述べましたが、現実問題として、「食べる」は不安の種であるし、世界には正真正銘、「食べる」が最大の課題となっている多くの人々が存在します。
 「飲む」とか「性」などがわずかに中高年の健康戦略としては「不安」の糸がすくないといってよいでしょう。9回目に述べた「信ずる」には織り込まれた「不安」の糸を染め直す可能性がありますが、これはいずれ述べることにしましょう。
 「不安」は現代生活に深く織り込まれている以上、中高年の健康戦略としては、これといかに付き合って精神的に健康な生活を築いてゆくにはどうすればよいかということになります。ところがこのことには当然のことながら誰にもあてはまるような答えがあるわけではありません。ともに考えてみましょうというスタンスでこのシリーズすすめてきていることからすると自ら問うて答えをだすべきものでしょう。
 それでも「不安}とうまく付き合って、精神的に豊かな生活、健康的な生活を送るにはどうすればよいか。
 私はまず「不安がないことが不安だ」とか「さしたる不安もなく、適度にゴルフしたり趣味の生活をしている」というひとたちに少しだけ注意を喚起しておきましょう。
 まず現代生活は「不安」という横糸が織り込まれていることを理解し、心の片隅にとどめる必要があります。そうしておかないと意識していない不安の種が現実となったとき(これはしばしばあることですが…)落差が大きくなりすぎてしばしばパニック状態となります。こんなはずでははなかったと、茫然と立ち尽くすことになります。例えば、スポーツジムに通い、アウトドアスポーツにも励んでいて、肉体年齢は40台などといわれていたひとが交通事故、スポーツによるけが、おもわぬ病気などで健康に障害をきたすと、同世代の老いに比べて元気さで優越した気分でいたひとが急に落ち込んでしまいます。
 「不安」の存在を容認し理解することにはよい面もあります。自分だけでなく、世の中のひとがひとしくさまざまな不安を抱えて生きているとおもうことは、世界に対する共感と連帯の心をはぐくみ、より一層、精神的に豊かな人生を送ることが期待できます。
 一方、過剰な「不安」でおしつぶされそうになっているひとには冷静で合理的な対処法がのぞまれます。対処しにくい漠然たる「不安」から、情報が正確な確たる「不安」まで世の中には「不安」の種はつきません。しかし、「不安」の網目の中で飛び跳ねていてもやすらぎはえられません。例えば癌になったらどうしよう、今死ぬわけにはゆかない、健康診断をこの前は忙しくて受けそこなったけれど、指定外のところで受けてみよう、健康診断では問題ないというが、本当にこの結果を100%信じてよいのだろうか、世間ではよく見落としということもあるらしい、とにかく今は癌の心配が全くないという確かな証明がほしい、などと「不安」の網目のなかに自分の「不安」の連鎖を広げてゆきます。
 「不安」の網目のなかで「不安」に溺れないためには「不安」の種に関する正確な情報を得て、冷静に対処することがもとめられます。しかし100%正しい情報は医者の診断に似て、存在しないので「不安」の種が残ることになります。そこで健康戦略としては曖昧さがあり、「不安」の種が残るのが当たり前と割り切ることが必要となります。
 世の中には「不安」症、「心配」症といった性格のかたがおりますが、中高年になってこうした傾向が強まることは健康戦略上、問題があります。さまざまな研鑽により性格の負担を乗り越えて,健康的な生活を獲得することをのぞみます。
 ところで世の中は「不安」の網目などと述べてきましがその根源はなんなのでしょうか。芥川竜之介の小説「河童」のシーンのように生まれてくるとき、世の中の様子を確かめないで生まれてきたからでしょうか。それとももっと深い理由があるのでしょうか。



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