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2020年7月2日

中高年の健康戦略(14) 富士通川崎病院 院長 行山康

 排泄とはここではおもに排便とか排尿をさすことにします。
 「排泄」はひとに限らず生物はその誕生から命果てるときまで、「眠る」「食べる」などとともに続けられる営為です。「排泄」の不調はひどく健康感をそこなうので常に良好に保ちたいです。
 排泄はからだのシステムです。食べるというシステム、消化吸収というシステム、化学的に同化し、エネルギーを生産したり、身体の組織をつくるシステム、そして不用になったものを排泄するシステムです。こうしたシステムが滑らかに連続して作動しておれば健康な気分でいられます。
 排泄はからだのシステムであると同時に排泄物の処理に関しては生活のシステムでもあり社会のシステムでもあります。家を建てるときにトイレなしというわけにはゆきません。また戦争,災害などで上水,下水のシステムが不調になると直ちに人々の健康問題がおこってきます。
 排泄の産物は便(屎)と尿です。
 食物の立場からすると、「食べる」というレベルでは気持ちよく迎えてもらったものが「排泄」のシステムにいたると、不潔で忌避すべきものかえられてしまうわけです。便とか尿を不潔なものとして、トイレに集約することは縄文時代の昔からおこなっていたことです。便には多数の細菌が存在して臭いの原因となっています。しかし細菌学の知識が発達する以前から排泄物を不潔なものとしてあつかうようになっていたのはどうしてでしょうか。すなわち不潔という観念が細菌の発見などとはかかわりなく昔からあったのは何故でしょうか。これは便や尿を不快に感ずるというところに原点があるようにおもいます。
 ヒュームという18世紀のイギリスの哲学者は「原初的感覚の印象とはなんらの先行する知覚もなし、からだの組織から、動物精気から、あるいは外的器官がものにあたって心におこるようなものである(人性論第2編―情念について)」といっています。さらに感覚的印象の快や苦〈不快〉は経験により観念の印象となってゆくと述べています。観念の印象とは便とか尿を言葉にしたり思い浮かべるだけで自然と不潔なものとおもうことです。すなわち臭い、形を中心とし印象は直ちに理屈とか経験抜きで不快と感じられることから忌み嫌うとか不潔という観念が形成されてきたといえます。
 いうまでもなく便には多数の細菌が存在します。しかし細菌が多いから不潔などということは後から付いた理屈です。
 「食べる」「消化、吸収、排泄」などのシステムの作動において細菌はその働きの一端を担っています。細菌なしでも消化、吸収も生存も可能ですが細菌と共生した状態が正常なのです。
 尿は便とは事情がことなります。尿に関してはからだの中を通過して生成されるので「排泄」よりは「排出」に近く、通常は無菌状態です。
 ヒュームは人の情念について快,苦(不快)を原初的印象の感覚としましたが、人が不快というこころをもつにいたるには毎日付き合いのある排泄(物)がかなりおおきな役割を担っているのではないでしょうか。これが一般的な不潔の観念を形成することとか、深層心理的不快感が不吉、差別、危険の感知などの観念につながるのかなどと想像をひろげてみるのも面白いでしょう。

 大人になれば排便,排尿はほとんど無意識の行為ですが、ものごころつきはじめの小さい時期では、まだからだと外の環境がはっきりと分離して意識されないときがあります。小さい子が排尿して「おしっこ、バイバイ」などというのは、やっと自分のからだがあることを感じ,自分から分離して往くものを意識する時期といえます。 
 排泄には大きくいってふたつの医学的、或いは中高年の健康戦略に関する問題があります。それは排泄器管に不具合を生じる場合と、排泄器官の性能低下が起こってくる場合で,どちらも中高年の健康戦略にとって重大な問題です。
排泄器官の不具合とは例えば大腸がん、膀胱がんなどです。いずれも早期にみつけて対処すれば命にかかわるほどの問題とはなりません。
 排泄器官の性能低下とは,排泄機能が変調したり、低下したりする場合です。例えば,便秘、下痢、排尿困難,頻尿、尿失禁傾向などです。
 後者は何十年と無意識におこなってきた営為がからだの衰えとともにおこってくるので、毎日を気持ちよく過ごす妨げとなります。便秘と下痢に関しては調子を崩すとどちらかに傾いてコントロールしにくいのが特徴です。例えば便秘をなおすために緩下剤をつかうと今度は下痢がつづいてしまうといった具合です。
 女性の場合,尿失禁が案外と秘められた深刻な問題で、専門のクリニックもあります。
それとは別に,尿の勢いがなくなったとか、頻回で困るなどということがあります。こうしたことは時には病的な場合もありますが大体は生物の自然と受け入れておいて差し支えないでしょう。
 失禁などという事態がおこると大変,狼狽します。また、恥の感覚、悲哀感といったものにさいなまれます。長年つかってきたからだもそろそろ,使いおさめのときになったかなどとあきらめの気持ちが芽生えます。しかしこの程度のことでめげているようでは、中高年を健康にすごすことはできません。必ずよい対処法があると信じてください。生きることを維持するシステムのほんの一部に不具合を生じているにすぎません。



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