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2020年9月15日

中高年の健康戦略(20) 富士通川崎病院 院長 行山康

 今回はいつのまにかこの連載が20回にも達してしまったのでひと息いれようと「途中下車」と題をつけました。
 内田百閒の「阿房(あほう)列車」(新潮文庫)は、悠々閑々として、人生で途中下車してそのままのような主人公が汽車で目的のない旅にでる話です。「フーテンの寅さん」にも似た主人公は百閒自身でしょうが、黒澤明の最後の映画作品「まあだだよ」で松村龍雄が頑固でユーモアに溢れた内田百閒のひととなりを見事に演じています。
 しかし健康戦略として「人生には途中下車もよいか」などというつもりではありません。そうしたことは小生のような日本の戦後の興隆期に育ったものにとっては手に負える問題ではなさそうです。ここでは単純にひと息いれたいとおもいます。

 内科外来で診療していると富士通OBの患者様がにやにやしながら「先生読みましたよ」とか「いつも読ませてもらっています」といいます。私は「いやー・・・」とかいってぶつぶつとつぶやき、あいまいに頷づきます。
 本当は「健康戦略を読んでいただいとは汗顔の至りですが、面白く思っていただいたとすれば、これに過ぎる喜びはありません」というようなことをいいたかったのです。改まっていうことに衒いがあるし、正真正銘、汗顔の至りなのです。 
 それでも、以心伝心、励まされているように思い込んで20回まできてしまいました。
 当初は医療知識を生かして、啓蒙、紹介のような記事を書けばよいという方針でのぞんだのですが、随筆とも論説ともつかないような方向にすすんでしまいした。キーワードは自分も含まれる「中高年」であり、「健康」です。ところが「健康」は医療よりはずっとひろい範囲の考え方で、いってみればひとの生き方に寄り添っています。したがって健康を語ることは人生を語ることにもなってしまいます。
 90歳を越えて健康で元気にしているひとは人生の「生き方上手」ということになります。本当は上手も下手もないでしょうが、「生き方」に「健康」がからみついていることは否めようのないことです。小生は「生き方上手」ではありませんが、中高年の一員としてともに生き方にからみついた健康について戦略を考えてゆこうと方向をさだめました。

 健康は人生の諸事全般にからみついているので、なすこと考えることのすべてにわたって健康との関係を考えることができます。
 例えば「賭けごとと勝負」「天変地異」「ボランティア活動」「愛」などでも健康との関係を考察し、戦略をたてることが可能です。
 「賭け事」を取り上げてみるとこれにはスリルと興奮がつきものです。スリルと興奮のような心を大きく動かすことに引き寄せられると、生活の規則正しさが失われがちとなります。生活リズムの乱れはからだのリズム、内臓の働き、睡眠のリズムを乱します。またのめりこんで借金などをしてストレスを増やす場合もあるでしょう。すなわち究極的には健康を障害する可能性があるので戦略が必要です。
 おおくのひとは「賭け事」を生活のスパイスのようなものとみなして対処します。平穏な日常生活の一時的な刺激とすることは差し支えないとしても、のめりこむことは禁物ということが「賭け事」に対する「健康戦略」となります。
 「賭け事」に限らず、多くの事は「生活の智恵」とか日常生活習慣のなかに健康に関することが織り込まれています。おおげさにいえば社会の諸制度(法律、行政制度、政治体制、その他)が安定して、円滑に運営されるためには、その構成員である個々人(国民)が健康であること前提となるので、そうした制度そのものになにがしかの健康戦略が含まれています。例えばベルリンの壁が崩壊したとき、ドイツ国内には東西でおおきなけ経済格差がうまれ、ストレスをかかえたひとが多くでました。経済格差を解消する政策は見方を変えると国民に対する健康戦略でもあったと考えられます。
   
 これまで「老」「病」「死」「食べる」「眠る」「歩く」「暑さ寒さ」「飲む」「信じる」「性」「不安」「健康情報」「自覚症状」「排泄」「感染」「頼る」「思い」「別れ」「時間」などをテーマとして中高年者の健康との接点を考え、戦略をともに考えてきました。健康が政治、社会、文化に関係するとすれば、このような思いつきの羅列でなく、もっと整理され、筋道がたった述べ方があるだろうと言う意見もあるかとおもいます。しかしそうなると大論文になってしまうし、発表する場所もちがうし、言葉遣いからして変えねばなりません。例えば「社会の安定化要因と個人の健康戦略」とか「発展段階における所与の健康状態と健康戦略」など大学院生の論文になってしまい、小生の任ではありません。
 もともと、第一線をしりぞいても互いに元気にやってゆこう、そのためのエールだというということで、ぽつぽつと書いていることなので、今後ともこのペースでしばらくはお付き合い願いたいとおもいます。

 それにしても深く考えると、大変なことをはじめてしまったと多少の反省があります。小生は長年、医療を食の源としてきましたが、健康の専門家ではないことをしばしば感ずるからです。
 医学医療というのは健康の一部しか扱っておりません。医学医療にたずさわっていないひとは健康については専門家に任せるといった態度になりがちですが、医学医療などは健康の一部しか扱っていないし、それぞれの専門家はさらにその狭い範囲しか知っておりません。あなたの健康はあなた自身が専門家なのです。いつのまにか戦略も身につけています。この「健康戦略」の小文があなたの健康戦略に少しでも付け加わることがあればともに歩んでゆこうという小生の企てが成功したことになるでしょう。
(この項終わり、以下に続く)



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