2020年12月17日
中高年の健康戦略(24) 「転倒防止」 富士通川崎病院 院長 行山康
「転倒防止」といっても地震対策ではありません。「予防」といったほうがよいかもしれません。しかし、這う生活をしても転ばないぞという強い意味をこめて「防止」としてみました。
転倒は中高年ではしばしばおこることで、しかも重大な障害につながることがあるので健康戦略上は大変重要なこととおもわれます。
最近も川崎工場内で40歳代終わりに近い年齢の男性がわずか5ミリもない段差にひっかかって手を骨折すると言う事故がありました。食堂へ向かうドアの部分で、普通は踏み潰されるような段差で、しかもまだ中高年ともいえない、40歳代です。不注意だったという意識もなかったでしょう。
また60代のある人は、このかたは病院の医師だったのですが、通勤中に駅の階段で転倒して、骨折こそないですが、顔面にも傷ができて、大変なことになりました。しかしこのかたでは顔や手足のけがもさることながら、精神的落ち込が激しく「本当によぼよぼになってしまいましたよ」と力なく背を丸めて歩く様子のほうがみていられない感じでした。
また70にちかいあるかたはゴルフなどは元気にこなしていたのですが、あるとき酔っ払って、転倒、足と顔に怪我をして倒れているところを助けられて、家へ運ばれました。本人は道端に倒れていたことを覚えていないなどということがあって、それからは外来の通院は奥様同伴ということになりました。
転倒はこのように中高年ではしばしば見られる障害です。そしてその後の人生を左右しかねないようない意味をもつこともあります。
転倒で大腿骨骨折した場合、骨折した骨をつなげることはできますが、歩けるようになるには長期のリハビリが必要で、時には車椅子生活を強いられることもあります。また犬を連れて散歩していたひとが、犬の急激な動きにからだがついてゆかずに転倒、骨折した場合、犬を飼うという精神的安らぎをあきらめねばならなくなります。
高齢者の転倒・骨折について学士会会報(2005-V)に武藤先生というかたがお書きなっていることを参考に紹介しましょう。
転倒防止の7か条として以下のようなことが述べられています。
1.歳々年々人同じからず
2.転倒は結果であり、原因でもある
3.とっさの一歩が大切
4.転ばぬ先の杖
5.継続は力なり、無理なく楽しく30年
6.命の水を大切に
7.転んでも起きればいい
「歳々年々ひと同じからず」ということは運動不足の生活を続けているうちにいつのまにか身体が衰えて転倒しやすくなっているから、用心しよう、衰えを自覚しておこうということです。
「転倒は結果であり、原因」ということはからだの手入れを怠っている結果として転倒がおこってくる。普段から運動、歩行、ストレッチなどからだを動かすことに努め、身体機能の低下を自覚した上で、年齢に相応した体力の維持に努める必要があります。また転倒により頭部外傷とか大腿骨骨折のような障害をまねくことがあり、すなわち転倒が原因となってさらなる老化が進む場合もあるので、転倒のおそろしさを十分理解する必要があります。
「とっさの一歩が大切」とはひとは二本の足に支えられて、立位歩行をしている。体重が両足にかかっており、両足はからだの中ではもっとも強大な筋肉と骨により支えられている。したがって、倒れそうになって手をつく、顔面で支えるなどで対処することは強大な足の力を代用することになり怪我は免れない。すなわちふらついてもとっさの一歩が出るようにしておけば転倒をまぬがれることができるということです。
「転ばぬ先の杖」とは字義どおりですが、特に痛い足の反対側に杖をつくことをすすめています。
「継続は力なり」は片足立ちのような転倒防止につながる普段の運動を毎日続けることが大事である事を述べています。
「命の水を大切に」は転倒防止からはやや離れますが、水分を絶やさないように、脱水は脳梗塞,心筋梗塞の一因となる事を述べています。しかし慢性的に心臓が弱っている人ではある程度の水分制限も必要です。
「転んでも起きればいい」は当たり前のことですが意味が深い言葉です。よく転べといっているわけではありません。また転ぶことを気にしないで毎日気持ちよく気軽にしようといっているわけでもありません。転倒ということの中高年での健康戦略上の意味を十分理解して、備えある生活をしてゆこう。それでも転ぶことがあったら起きればいいさということなのです。すなわち十分気をつけているつもりでも、なにかのはずみで転倒することはある,そうしたら悔しいであろうが、しっかりと起き上がって、また明日をめざして欲しいという意味をこめています。
転倒は腰痛とともに人類が立位,二足歩行するようになって出現した健康上の問題です。結果として手足の打撲、挫創、切創、骨折などがおこりますが、命に別状あることはまれです。しかし精神的ダメージとか、後に残る運動障害は中高年において特に大きいとおもわれます。
スフィンクスの謎かけでは「朝は四本足、昼は二本足,夕は三本足はなんだ」で答えは人間ということになっています。「朝は四本足」の生活に戻れば、確実に「転倒防止」が果たせるのですが、「二本足文化」は進化の結果であり、それによって文化が築かれてきたのです。文化を捨てるわけにはゆきません。毎年10月10日(テンとう)は「転倒予防の日」だそうです。
(この項終わり、以下に続く)