2020年12月25日
中高年の健康戦略(25) 「スピリチュアリティ(その1)」 富士通川崎病院 院長 行山康
今回は訳がわかりにくいカタカナ語でもうしわけありません。この「スピリチュアリティ」は日本語では「霊性」とか「魂」といった表現に相当する、健康に大変関係が深い言葉なのです。
世界保健機構(WHO)では健康とはいかなることなのかという定義を発表しています。それによりますと「健康とは身体的、精神的、社会的に良好な状態であって、単に病気でないということとは異なる」としております。2000年にこの定義「身体、精神、社会」の3拍子に「スピリチュアリティ」を加えて4拍子でゆこうという動きがでてきました。まだ決定にいたっておりませんが、「スピリチュアリティ」というふだんなじみのない言葉が全世界の人々の健康の定義に付け加えて論じられるようになりました。
ひるがえってみますと、身体的健康というのは人間という動物の体に異常がない状態。健康診断は体という有機体をさまざまに測定し、或いは働きを調べて異常の有無をしらべます。すなわち「健康診断」で測定される身体的健康で問題がなければ「健康」と思っている方も多いでしょう。
精神的健康というのは文字通り、精神疾患でないといことです。精神の働きはスピリチュアリティとつながっている面もあるので、どこが違うのかということが問題となるかもしれません。精神的健康は通常の健康診断にははいってきません。
「社会的に良好」が健康の要件であるということは、例えば迷惑行為を始終繰り返すとか犯罪をおかすようなひとは身体的、精神的に良好であっても健康とみなさないということです。或いは心身に問題がなくとも家庭内暴力を繰り返すようなひと、酒乱、ギャンブルにのめりこむ人、いたずら電話がやめられないひと、逆にひとと没交渉で身のまわりにごみを集めるひとなど、「社会的に良好」でなく健康と言えないのです。趣味が昂じているような人に冗談に「きみ、それ病気だよ」といったり、<病的に固執する>など言った表現をすることがあります。これらには「社会的に良好」でない健康状態につながっているのかもしれません。
この「社会的に良好」な状態を健康の定義に入れたのは、私見ですが第2次大戦の影響があるとみています。
戦前のドイツはアーリア人種を優れた人種とし「ドイツ、ドイツ、すべてに冠たる」という言葉を掛け声としていました。単に金髪で元気なドイツの若者が健康なイメージとなるならば、そのイメージの果てには悲惨な戦争があり、アウシュビッツのような民族虐殺の行為があります。すなわち個人が心身に問題がなくとも、その行動、考え方が健全でないと他者、多民族の心身の健康を侵すことになったのです。ここに「社会的に良好」という定義の言葉をいれねばならない事情があったと考えます。
そこでスピリチュアリティですが、仮に「霊性」とも訳されるように高い意識状態、精神状態を示すことが想像されます。例えば坐禅を組んでえられるような清明かつ心身が統一した感覚。もう少し、日常の世界に近いところで例をあげると、すぐれたスポーツ選手が示す、集中力。
千代大海という力士がおります。突っ張り、押しが得意で、現在は大関。3回の優勝経験もあります。その千代大海が関脇で始めて優勝した7年前の初場所のとき。14日目にいままで分の悪かった横綱貴の花を破ったときの新聞記事(毎日新聞平成11年1月24日)があります。
「千代大海が立って強烈な右を伸ばした。ウエートが十分に乗っていた。『立ち合いがよかった。一発当たったから』と千代大海。左からおっつける。貴乃花は左足親指で土俵を強くかんだだけで、全く踏み込めない。はね飛ばされる感じで下がった。あとは左、もろ手といき、最後ははたいて決めたが、勝負自体は立ち合いで決まっていた。
千代大海は『今日は気持ちというんではなくて、体で感じる集中力みたいなものがあった・・・集中するのは難しいんですよね、気持ちが入りすぎてもいけないから。30分ぐらい前から体を動かさずにじっとしていました』と話す。・・・・以下略」
千代大海はこの場所で千秋楽に横綱の若乃花も破って優勝します。この記事で特に注目したいのは「気持ちでなくて体で感じる集中力みたいなもの」という部分で、これこそが通常の意識を引っ張り、それを超えた高いスピリチュアリティといえるものでしょう。また「気持ちが入りすぎてもいけない」といっております。単にモチベーションを高めるだけでは不十分で、気持ちも体も一体となって、気持ちと体があることを忘れた状態をスピリチュアリティと考えたらよいとおもいます。
しかしこのスピリチュアリティを言葉で明確に定義することには大変な困難を伴います。WHOが全世界の識者、専門家にスピリチュアリティの意味についてアンケート調査しますと「絶対的な存在とのつながりとか力」「人生の意味」「自然への畏怖の念」「統合性・一体感」「こころの平安・安寧・和」「希望・楽観主義」「信仰」「スピリチュアルな強さ」などという答えがかえってきました。
地球上のさまざまな国の民族、文化、宗教、気候風土などに根ざした医療、健康観が背景となるので、かなり多様な意見となっています。スピリチュアリティがここに述べられたすべての考え方を包含するものとしたらほとんど収拾不可能です。それにもかかわらず、スピリチュアリティとは言葉に表しにくい、それでいて高い精神レベルの働きと関係がありそうだということが感得されるでしょう。
それではこの「スピリチュアリティ」が中高年の健康戦略にいかなる意味をもつかということを次に述べてゆきましょう。
(以下、次号)