2021年4月15日
中高年の健康戦略(33) 「機能的障害」富士通川崎病院 顧問 行山康
今回はからだの「機能的障害」について考えてみましょう。これは戦略というよりは戦術に近いです。中高年者では機能的障害が長引きやすく、どういうことなのかを知っておくことも大切とおもわれます。
例えば急に胃が重くなり、鉛を飲み込んだようで吐き気がおさまりません。3日間も苦しんで症状もおさまってきたので受診します。ひどく苦しんだのでよく診てほしいというが、実際はほとんど問題がない場合が多いです。慢性胃炎の急性増悪といったところでしょう。
機能的障害の典型例は急性の便秘症。便意があるのに出ず、本人は大変苦しいおもいをします。便が大腸にたまっているという信号が脳に伝えられます。その信号を受け取った脳は「腸よ動け、排便行動をおこせ」という信号を送り返し、そのときは能動的意志がスイッチオンとなります。排便運動は大腸が急激なぜん動をおこすばかりでなく、腹筋の緊張、括約筋の弛緩などが順番に滑らかに進む必要があります。その連続的な協同運動がうまく作動しないと、特にぜん動運動が脳に伝えられるのに、其れに応じた排便運動が完遂しないため、大変苦しいおもいをすることになります。次々と脳には排便運動をおこせという刺激が伝えられるのに、運動神経が協同行動をしてくれないのです。
こうした機能的障害では内臓臓器に肉眼的、解剖学的に不具合があるわけではありません。機能的障害に対し、臓器に明らかな病変を認める場合を器質的障害といいます。過敏性腸症候群とか便秘症は機能的障害で、胃潰瘍とか、胃がんは器質的障害ということになります。
機能的障害は症状が激烈であっても、その症状が去るとけろりとしている場合がしばしばあります。例えば胸が苦しくて死ぬ思いをする。しかし2,3分でおさまってその後はそういう症状は出現しない。あれだけ苦しい思いをしたのだから、なにか具合が悪いところがあるに違いないと医療機関を受診してもどこも悪くないという答えがかえってきます。狭心症は胸が苦しい、痛い時以外は心電図には変化はありません。しかし狭心症のようなものはいつか器質的疾患である心筋梗塞に移行する場合もあるから用心が大切です。
或いはもともと前立腺肥大があって、尿が出にくくなっている人がばったり、出なくなる場合があります。尿閉(にょうへい)という状態です。回復すると勢いよくいっぱいというわけにはゆきませんが、排尿困難は解消するのです。一時的な機能障害をおこしたのです。
中高年者では機能的障害にしばしば悩まされます。一般的には機能的障害は一時的で機能不全は必ず回復するとおもってよいですが、中高年ではときにははっきりした器質的障害があるかのごとく、不調感が深まり、長引く。例えば下痢と便秘はいったん出現すると回復に時間がかかるのです。あるいはかぜをひくと微熱がなかなかとれません。しかし器質障害がないと見極めたら、焦らずじっくりと回復を待つという心構えが大切です。
生体の反応性機能の低下という機能障害もあります
老化は全般的な身体機能の衰えをもたらします。反応性機能の衰えとは例えば肺炎の状態でも高い熱がでず、呼吸困難も軽度のような場合です。肺炎そのものは器質的障害ですが、危険を示すサインとしての咳とか発熱が少なくて、すなわちそうした生体反応機能の障害があるため、重篤な事態になってしまいます。不具合があればここが調子が悪いよとサインをだすのも臓器の機能のひとつなのです。
中高齢者ではまた意外と古傷を抱えている人が多いです。骨折したあと、火傷のあと、痛めた腰、手術跡など過去の大病の跡などは年を重ねれば重ねるだけ多く体に刻み込まれています。そういう場所が痛んだりするのはまさしく機能的なもので、機能の変調であるから、天候、疲労の回復,睡眠不足解消など状況が変れば必ず回復するものとおもってよいでしょう。
ところでひとつ臓器の機能障害は別の臓器の機能障害をさそうということがあります。かぜをひくと食欲がなくなるのは呼吸器系の機能障害が胃腸系の機能変調をも引きおこしているのです。 また肝臓の働きの変調が直腸―肛門あたりの血管の機能に影響して痔になることもあります。ひとつの臓器の機能変調は、ほかの臓器の働きに影響を与えまた、それがほかの臓器の変調をおこします。そのように変調をおこす経路を見定めて補正するのが東洋医学的方法です。
中国の伝統医学とか其れを継承している日本の漢方医学では体の変調を機能の経路の変調ととらえ、補正することを試みます。このときはどの臓器の機能障害に注目するというよりは系統として機能変調を調整します。からだは全体として一つのものとして機能しているので理にかなっています。東洋医学、マッサージ、ハリ灸、漢方医療、物理療法はそうした機能異常、機能障害をただすのに長けています。
一方、西洋医学はそのような方向では発展していません。西洋医学にもとづいた現場の医学、医療は機能障害を起こした臓器だけにとらわれます。あちこち具合が悪くとも、最も悪そうなところを補正すれば、他の異常は自然とよくなる、或いは別の臓器の不具合が出現したらそれをなおせばよいというのが西洋医学の発想です。個別に臓器の異常を正す方向をおしすすめると最後には臓器の移植ということになる。日本人が、心の底では最も違和感を感じているところです。
健康のありようは東洋医学的方法でも西洋医学的方法でもとらえきれない部分があると自分は考えます。だから西洋医学的方法が世界的には主流であっても、伝統医学、民間療法なども過去の非科学的なものとして捨てることはできないのであるとおもいます。
(この項終わり、以下に続く)