2021年5月17日
中高年の健康戦略(35) 「育てる」富士通川崎病院 顧問 行山康
仕事の第一線を退いて、仕事がいかに自分のこころの大きな部分を占めていたかということを実感しているかたも多いでしょう。その空白となった部分を埋める戦略として「育てる」ということを考慮してはいかがでしょうか。
人生には様々な楽しみがありますが、「育てる」という楽しみには中高年の健康戦略として大切なものが含まれているように思います。
「育てる」とはとくに説明を要しない文字どうりの意味です。イヌ、ネコ、小鳥などのペットを育てる、庭の草花を育てる、畑を耕して自家用の野菜を育てる、鉢植え、盆栽を育てるなどです。身のまわりの「育てる」からもう少し発展させると、ボランティアのグループを育てるとか、芸術とか技芸に優れた人を育てるということもよいでしょう。
「育てる」が中高年でなぜ大切か。 盆栽を育てる場合を例にとると、盆栽は急には成長しません。毎日、少しずつです。目に見える変化は少なくとも育てるひとは成長していることを感じています。その成長をかすかに感ずることが喜びであり、楽しみなのです。
「育てる」は歓喜にあふれた気持ちとは違います。ほのぼのとした誰でもが共感できる気持ちをもたらします。
ある年配の患者さんは畑を耕して、自家用の野菜をつくっています。その方は野菜を育てる事がうれしくてしかたない、それまでは首が痛い、目が具合悪い、下痢をするとあちこちの不調を訴えておられましたが、畑仕事をするようになって、年配者にはよくみられるからだのあちこちの不調感はすっかり解消してしまいました。
自分はモミジの木を育てています。山の雑草地に生えていた30センチほどの高さのものを移し替えたのです。十分に注意して深く掘りましたが、翌日には葉が垂れて萎れ、いかにもすぐ枯れそうです。水をやると見た目にもちょっと元気になるのです。始終、水をやって見守っているわけにはゆきませんので、しばらく目を離していると、すぐ葉が垂れてきてしまいます。葉の色も季節ではないのにだんだんともみじらしく色づいてきました。しかし枝の先端には柔らかな新しい芽も出てきています。いまだに枯れもせず、葉が色づいたとはいえ落ちないで枝にしっかりとついています。根付いているのでしょうが、自信が持てず、せっせと水をやっています。成長しているようでもあり、枯れてしまうのではないかという心配もしています。そんなふうにはらはらしながら育てていることが楽しい。枯れないでくれよ、何とか育ってくれよと念じながら、もみじを手にかけてゆくことがこのうえない喜びなのです。
「育てる」などというものぐさな人にとってはやっかいなことでしかないでしょう。それがどうして喜びをもたらすか。それはこころの深いところで人間の本性とむすびついているようにおもいます。子供を「育てる」のは当たり前の本能的行為で、種の保存という生物界一般の原理につながっています。「育てる」は自分が目にかけたもの、手にかけているものが世の中に残り、存在する、それによって自分は世界とつながっているという気持ちを味わう、そうした気持ちをもたらすのではないでしょうか。「育てる」という気持ちは自分が世界と確かにつながっている快い感覚です。
これは「育てる」ことの余談ですが、妙なものを育てているひとがいました。その方は高血圧症を治療中の男性で、毎年一月ころからカイチュウを育てているのだそうです。ぎょっとしますよね。
もちろん自分の腹の中、小腸に住まわせているのです。それは花粉症対策だと医療関係者ならばぴんときます。カイチュウに寄生されると、体の中で白血球の一種である好酸球というのが増えて、アレルギー反応が抑制されるのです。好酸球は喘息とか花粉症などのアレルギーに関係した疾患で増えます。寄生虫を育てて、からだの好酸球をふやし、花粉によるアレルギー反応の効果を減弱して、花粉症の症状を軽減するのです。
そのかたは、花粉の季節が終わると、虫下しを飲んで駆虫するそうです。「育てる」といっても、花粉アレルギーによる不快な症状を回避するために寄生虫を飼うということです。「気味が悪い、不快」という感覚をこえると、意外と有用な世界が開けるもので、感心してしまいました。
中高年のメンタルヘルス上の健康度を高める方策として、「育てる」は重要な位置を占めているということを述べてきました。現に中高年の多くの方が「育てる」を喜びとして実践しておられることでしょう。
「育てる」の反対は「壊す」でしょうか。「壊す」には壊して新たな創造をおこなうという積極的なイメージもあります。そうであったとしても、中高年のメンタルヘルスでは穏やかな「育てる」を推奨します。
人生を豊かにするのはゴルフでもなく、世界旅行でもなくて、日々の生活の中にあります。「育てる」の気持をもって、人、モノ、生物を深く観照してゆきましょう。孫の一挙一動に心を躍らせる自分は素晴らしい自分です。もし「育てる」の気持を忘れているかたがおりましたら、是非とも思い起こして豊かな地平を開いてゆきましょう。
(この項終わり、以下に続く)